2006年05月23日

聖域

第2次小泉訪朝から2年が経った。

クロフォード会談から3年。

小泉内閣総理大臣所信表明演説より5年。



第百五十一回国会における小泉内閣総理大臣所信表明演説 平成十三年五月七日
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0507syosin.html
 (新世紀維新を目指して)

  この度、私は皆様方の御支持を得、内閣総理大臣に就任いたしました。想像を超える重圧と緊張の中にありますが、大任を与えて下さった国民並びに議員各位の御支持と御期待に応えるべく、国政の遂行に全力を傾ける決意であります。

  戦後、日本は、目覚ましい経済発展を遂げ、生活の水準も飛躍的に上昇しました。資源に恵まれないこの狭い国土で、一億二千七百万人もの国民が、これほど短期間に、ここまで高い生活水準を実現したことは、我々の誇りです。

  しかし、九十年代以降、日本経済は長期にわたって低迷し、政治に対する信頼は失われ、社会には閉塞感が充満しています。これまで、うまく機能してきた仕組みが、二十一世紀の社会に必ずしもふさわしくないことが明らかになっています。

  このような状況において、私に課せられた最重要課題は、経済を立て直し、自信と誇りに満ちた日本社会を築くことです。同時に、地球社会の一員として、日本が建設的な責任を果たしていくことです。私は、「構造改革なくして日本の再生と発展はない」という信念の下で、経済、財政、行政、社会、政治の分野における構造改革を進めることにより、「新世紀維新」とも言うべき改革を断行したいと思います。痛みを恐れず、既得権益の壁にひるまず、過去の経験にとらわれず、「恐れず、ひるまず、とらわれず」の姿勢を貫き、二十一世紀にふさわしい経済・社会システムを確立していきたいと考えております。

  「新世紀維新」実現のため、私は、自由民主党、公明党、保守党の確固たる信頼関係を大切にし、協力して「聖域なき構造改革」に取り組む「改革断行内閣」を組織しました。抜本的な改革を進めるに当たっては、様々な形で国民との対話を強化することを約束します。対話を通じて、政策検討の過程そのものを国民に明らかにし、広く理解と問題意識の共有を求めていく「信頼の政治」を実現してまいります。

  相次ぐ不祥事は、国民の信頼を大きく損ねてしまいました。政治や行政に携わる一人ひとりが国民の批判を厳粛に受け止め、職責を真摯に果たす中で、信頼関係の再構築を図っていかなければなりません。

  さらに、国民の政治参加の途を広げることが極めて重要であります。首相公選制について、早急に懇談会を立ち上げ、国民に具体案を提示します。

 (むすび)

  新世紀を迎え、日本が希望に満ち溢れた未来を創造できるか否かは、国民一人ひとりの、改革に立ち向かう志と決意にかかっています。

  私は、この内閣において、「聖域なき構造改革」に取り組みます。私は、自らを律し、一身を投げ出し、日本国総理大臣の職責を果たすべく、全力を尽くす覚悟であります。議員諸君も、「変革の時代の風」を真摯に受け止め、信頼ある政治活動に、共に邁進しようではありませんか。国民並びに議員各位の御理解と御協力を心からお願い申し上げます。



 人は、ほとんど常に、誰かが前に踏みしめていった道を歩むものである。先人が行なったことをまねしながら、自らの道を進もうとするものだ。
  それでいながら、先人の道を完璧にたどることも、先人の力量に達することも、大変にむずかしい。それで賢明な人は、踏みしめた道にしても誰のものでもよいとはせずに、衆に優れた人物の踏みしめた道をたどろうと努め、そのような人の行動を範とすべきなのである。たとえ力量ではおよばなくても、余韻にぐらいはあずかれるからだ。
  言ってみれば、これは、慎重な射手のやり方である。的があまりにも遠すぎ、自分の力ではそれに達するのが不可能と思った場合、射手は的を、ずっと高いところに定める。狙いを高く定めることによって、せめては的により迫ろうとするからである。
――マキアヴェリ『君主論』


 宗教でも国家でも、それを長く維持していきたいと思えば、一度といわずしばしば本来の姿に回帰することが必要である。
  それで、改革なるものが求められてくるのだが、自然に制度の改革ができる場合は、最も理想的である。だが、なにかのきっかけでその必要に目覚め、改革に手をつけた場合も長命だ。
  つまり、はっきりしていることは、なんの手も打たずに放置したままでいるような国は、短命に終らざるをえないということである。
  改革の必要性は、初心にもどることにあるのだが、なぜそれが有益かというと、それがどんな形態をとるにしても共同体であるかぎり、その創設期には必らず、なにか優れたところが存在したはずだからである。そのような長所があったからこそ、今日の隆盛を達成できたのだから。
  しかし、歳月というものは、当初にはあった長所も、摩滅させてしまうものである。そして、摩滅していくのにまかせるままだと、最後には死に至る。
  本来の姿にもどることは、共和国の場合、自発的判断の結果か、それとも外からの圧力によるかのどちらかであることが多い。
  だが、共同体の活性化というこの問題を論ずるにあたって、やはり必要に目覚めた人々の苦労によって為されるほうが、外からの圧力によって無理強いの形で為されるよりも、良策と信ずる。
――マキアヴェリ『政略諭』


 なにかを為しとげたいと望む者は、それが大事業であればあるほど、自分の生きている時代と、自分がその中で働かねばならない情況を熟知し、それに合わせるようにしなければいけない。
  時代と情況に合致することを怠ったり、また、生来の性格からしてどうしてもそういうことが不得手な人間は、生涯を不幸のうちにおくらなくてはならないし、為そうと望んだことを達成できないで終るものである。
  これとは反対に、情況を知りつくし、時代の流れに乗ることのできた人は、望むことも達成できるのだ。
――マキアヴェリ『政略論』



小泉総理の真の目的は、「新世紀維新」の実現。
聖域なき構造改革とは、「維新への」構造改革。
日本という国家の回帰すべき姿。
聖域を賭けた戦い。

2002年8月。
第一の戦略。



小泉首相、訪朝を米に事前伝達=大統領「返報」で極秘情報提供
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060513-00000029-jij-pol
 【ニューヨーク12日時事】グリーン前米国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長は12日にニューヨーク市内で行った講演で、小泉純一郎首相が2002年9月の第1回訪朝前の8月中に、自身の平壌行きをアーミテージ国務副長官(当時)に直接伝達していたことを明らかにした。
 グリーン氏は、小泉首相は「多分自民党のリーダーに伝える前に、アーミテージに教えていた」としており、北朝鮮問題でも日米首脳間の意思疎通が極めて密だったことが裏付けられた。
 グリーン氏によれば、首相は02年8月、日本を訪れていたアーミテージ氏を呼んで、平壌行きを伝達。アーミテージ氏から連絡を受けたブッシュ大統領はすぐに首相に電話し、「われわれは北朝鮮のウラン濃縮計画があると判断している」と伝え、同計画の概要を教えた。 
(時事通信) - 5月13日11時1分更新


電撃訪朝、首相自らが決断…田中・前外務審議官が講演
ttp://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060419it16.htm
 2002年の小泉首相電撃訪朝の裏方役を担った田中均・前外務審議官が19日、都内のホテルで講演し、金正日総書記が日本人の拉致を認めて謝罪するかどうかは不透明な中、「首相が『私は行くんだ』と判断した」と、裏話を披露した。


2002年9月17日。
第1次小泉訪朝。
新世紀維新の黒船。


2003年5月23日。
第二の戦略。
クロフォード会談。
次期総裁候補と米国情報機関を交えたインテリジェンス・ブリーフィング。




日米首脳会談の概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/us-me_03/us_gh.html
 両首脳は、日米交流150年の歴史を振り返りつつ、今日の日米同盟が真にグローバルな「世界の中の日米同盟」であることを確認し、この同盟関係を強化することで一致した。会談では、日米安保(ミサイル防衛を含む)、経済に加え、テロとの闘い、大量破壊兵器、北朝鮮、イラク及び中東といった喫緊の課題について忌憚無い意見交換が行われた。また、これらに加え、国連改革、横田飛行場の軍民共用化についても議論された。なお、同23日、午前8時半から9時半まで、大統領の発意により、総理及び安倍官房副長官が、大統領のインテリジェンス・ブリーフィングに参加した。

1) 「世界の中の日米同盟」/日米交流150周年
 両首脳は、日米交流150周年の機に「世界の中の日米同盟」を強化することを約した。

(2) 日米安保 (イ) 総理より、安全保障面での日米協力を更に強化するため、グローバルな課題への取り組みを含め、両政府間の協議を更に進める旨述べた。また、総理より、ミサイル防衛は日本の防衛の極めて重要な課題であり、検討を加速していく旨述べ、大統領は、ミサイル防衛に関する協力を深め、強めていくこととしたい旨述べた。

5) 北朝鮮 (イ) 総理より、(a)拉致問題等の解決なくして国交正常化はない、国交正常化は拉致のみならず、核、ミサイル、過去の問題を包括的に解決してから行うとの日朝平壌宣言の立場は変わらない、(b)全てのオプションをテーブルにおくという米国の立場を理解する、ただし、イラクと北朝鮮では対応振りが違う、(c)平和的な解決が重要、(d)日米韓が協調することが重要、(e)(マルチの協議に)日韓が参加することは不可欠、(f)もし、北朝鮮が更に事態を悪化させれば、一層厳しい対応が必要になる、(g)平和的な解決のためには対話と圧力が必要、(h)北朝鮮の違法行為の規制・取締まりを一層強化する、(i)拉致問題被害者が訪米した際の米国の対応に感謝する旨述べた。
(ロ) これに対し大統領より、(a)北朝鮮の脅迫には屈しない、(b)中国が責任ある行動をとり始めたことには意味がある、(c)(日韓の参加を得た)5カ国協議を開催して北朝鮮を説得することが重要、(d)問題を平和的に解決できると確信しており、そのためにも強い行動が必要、(e)北朝鮮からの核や麻薬の拡散は絶対に容認できない。(f)拉致は忌むべき行為、拉致された日本国民の行方が一人残らず分かるまで日本を完全に支持する、北朝鮮の拉致に対して強く抗議をしたい(総理より謝意を表明)旨述べた。

(6) テロ及び大量破壊兵器の拡散の脅威との闘い (イ) 総理より、我々は、テロや大量破壊兵器との闘いを断固たる決意で進めていく、役割、方法は違うが、テロ根絶のため、断固たる決意で協力を進めていきたい旨述べた。
(ロ) 大統領は、我々は、テロとの闘いにおけるパートナーであり、アフガニスタンでは、日本の海上自衛隊艦船が連合軍艦船に給油支援を行った、現在我々は、アフガニスタンの幹線道路の完成に向け協力している旨述べた。



電撃訪朝、首相自らが決断…田中・前外務審議官が講演
ttp://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060419it16.htm
 さらに、04年5月の再訪朝の際も、田中氏が「食料支援をすると国内の反発は強い。リスクは大きい」と意見を述べたが、首相は「それは君の判断ではない。世論の批判に責任を取るのは私なんだ」と再訪朝を決めたという。


2004年5月22日。
第2次小泉訪朝。
小泉総理の沈黙。
沈黙は新たな聖域を形成する。



2003年5月22日−23日。
小泉総理
(f)もし、北朝鮮が更に事態を悪化させれば、一層厳しい対応が必要になる
(h)北朝鮮の違法行為の規制・取締まりを一層強化する
ブッシュ大統領
(e)北朝鮮からの核や麻薬の拡散は絶対に容認できない
(f)拉致は忌むべき行為、拉致された日本国民の行方が一人残らず分かるまで日本を完全に支持する

2006年5月12日。
・警視庁は覚せい剤取締法違反容疑(営利目的密輸)で、01年12月に鹿児島・奄美大島沖で沈没した北朝鮮工作船から回収された携帯電話の通話先とされる元在日朝鮮人で現韓国籍の禹時允容疑者と指定暴力団極東会系組長、宮田克彦容疑者、遊漁船業・権田修容疑者を逮捕。


 優れた指揮官ならば、次のことを実行しなければならない。
 第一は、敵方が想像すらもできないような新手の策を考えだすこと。
 第二は、敵将が考えるであろう策に対して、それを見破り、それが無駄に終るよう備えを完了しておくこと、である。
――マキアヴェリ『政略論』



2003年5月22日−23日。
1) 「世界の中の日米同盟」/日米交流150周年
 両首脳は、日米交流150周年の機に「世界の中の日米同盟」を強化することを約した。

小泉総理
「ペリー提督が日本を訪問してから150年
 今や、日本とアメリカの関係は2国間関係だけじゃない
 世界の中の日米関係を強化していこうということで合意することができました」


在NY日本国総領事館
日米交流150周年記念
http://www.cgj.org/150th/html/home.htm
 1853年にペリー提督が来航、翌54年、日米和親条約の締結をもって日本とアメリカの外交関係が成立し、日米間の本格的な交流が始まりました。
太平洋を隔てた日米両国が出会ってから150年間、両国は様々な関係を経験してきましたが、今日、日米両国は民主主義を共有する同盟国として、政治や経済、文化など様々な分野で相互交流を発展させており、その関係は最も重要な二国間関係と称されるまでになっています。
 150周年という大きな歴史の節目を迎え、将来に向け日米両国の友情を一層深め、国際社会において日米両国が果たすべき役割を考える上で、私たちは両国間の歴史を振り返り、その教訓に学ばなければなりません。
  小泉総理とブッシュ大統領からのメッセージ

米使節団
小栗上野介・・・一本のネジ
http://www.cgj.org/150th/html/kanrin9.htm
  使節団の目付、小栗豊後守
使節には、作家司馬遼太郎氏が著書「明治という国家」の中で、「明治の父」と呼んだ小栗豊後守(のち上野介)がいました。激動の幕末、幕府が滅びるのを十分承知の上で、改革を断行し、非業の最期を遂げた幕府の俊秀でした。小栗は日本の将来への不安を抱き、近代化のための幕府大改革に取り組みましたが、このような熱い思いを抱かせたのは、若き小栗がアメリカで見た西洋文明の驚くべき技術、工業力だったのです。
 小栗は、パナマ地峡を鉄道で横断する時、鉄道建設費用の調達方法から株式会社の仕組みを理解し、ワシントン海軍造船所の姿に驚嘆し、アメリカから一本のネジを持ち帰りました。このネジが技術と近代工業のシンボルだったのです。小栗は後に幕府財政破綻の中、反対を押し切り、巨額の予算を要する横須賀造船所を建設しました。彼は「あのドックができあがった上は、たとえ幕府が亡んでも"土蔵付き売家"という名誉を残すでしょう。」と言い、これが次の時代に大いに役立つことを知っていました。これが若き小栗のアメリカ訪問が産んだ結晶の一つであると言われています。


2006/05/02 23:49
米・ミサイル防衛庁高官、日米共同開発の迎撃ミサイルについてインタビューに応じる
ttp://www.fnn-news.com/headlines/CONN00089368.html
日米で共同開発される迎撃ミサイル「SM3ブロック2」について、アメリカのミサイル防衛庁の高官がFNNの単独インタビューに応じた。
アメリカミサイル防衛庁で、イージス艦によるミサイル防衛の開発最高責任者を務めるヒックス海軍中将は「SM3ブロック2は、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の迎撃にも貢献します。その脅威設定は、通常1万km以上とされています」と述べ、日米で共同開発する迎撃ミサイルが、ICBMの迎撃も想定していることを明らかにした。
またアメリカは、初の実戦用ノドンミサイル撃墜艦となる巡洋艦シャイローを、早ければ8月にも横須賀に配備する予定だが、ヒックス中将は、今後の配備について、「現時点での計画では、(2006年末までに)迎撃艦6隻を太平洋に配備します」と指摘した。
ヒックス中将は、日本防衛に必要な数の迎撃艦は、2006年内に太平洋にそろうことを明らかにしている。

延長した空母用岸壁を公開 米海軍横須賀基地
ttp://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2006051901003772
 2008年に原子力空母の配備が計画されている米海軍横須賀基地(神奈川県)で、防衛施設庁は19日、延長工事を終えた空母専用の12号バース(岸壁)を報道陣に公開した。
 03年から日本側が「思いやり予算」計約128億円をつぎ込んだ。新バースは410メートルで、旧バース(277メートル)に鋼鉄とコンクリートの桟橋をつないで延長した。大型クレーン2基も新設された。
 15日に米海軍に引き渡されたばかりの真新しいバースには、この日、イージス巡洋艦が停泊、兵士が出入りするなど運用が始まっていた。



 江戸開城の前夜、小栗は主戦派でした。
 主戦派がいいとかわるいとかではありません。小栗の心映えというものは、じつに三河武士らしいということをいっています。かれは、薩長から挑戦されてなぜ戦わずして降伏するのか、戦って、心の花を一花咲かせるべきではないか。福沢のいう「瘠我慢」であります。
 小栗の作戦は、こうです。
 薩長軍――新政府軍――は、長蛇の行軍隊形をつくって東海道を東へ東へと進み、箱根をこえて、関東平野に入ります。その行車中の部隊を、静岡県下の東海道でもって、寸断してしまう。その方法は、日本最大の艦隊をもつ徳川方が、駿河湾に海軍兵力をあつめ、艦隊で東海道を射撃しつづけるのです。ある程度の新政府軍はぶじに通過させる。半ばあたりから、これをやるのです。ぶじ通過した新政府車を、関東において袋のねずみにしてやっつけてしまう。
  あとで、新政府軍の総司令官である大村益次郎が――この人は新政府軍唯一の名将だった人ですが――これをきいて"もし徳川方がこれを実施すれば大変なことになっていたろう"といったといいます。おそらく歴史はちがったものになっていたでしょう。
――司馬遼太郎 著 『明治という国家』




 歴史は将来を大まかに予知する事を教える。だがそれと同時に、明確な予見というものがいかに危険なものであるかも教える。歴史から最大の教訓を知らぬ者だ。歴史の最大の教訓は、将来に関する予見を盲信せず、現在だけに精力的な愛着を持った人だけがまさしく歴史を創って来たという事を学ぶ処にあるのだ。過去の時代の歴史的限界性というものを認めるのはよい。併しその歴史的限界性にも拘らず、その時代の人々が、いかにその時代のたった今を生き抜いたかに対する尊敬の念を忘れては駄目である。
 この尊敬の念のない処には歴史の形骸があるばかりだ。
 現在は将来の予見の為に犠牲に出来る様なものではない。予見とは実際には寧ろ遅疑なく現在に処そうと覚悟した人々だけに訪れる光の如きものである。歴史は断じて二度繰り返されるものではない。スペインの政府軍が勝っても、フランコ軍が勝っても、ロシヤのモデルもドイツのモデルも繰返される筈はない。支那が将来スペインのモデルを繰返す筈もないのだ。
小林秀雄  戦争について 昭和十二年――1937年




来月29日に日米首脳会談=小泉首相に手厚いもてなし
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060520-00000098-jij-int
 【ワシントン20日時事】小泉純一郎首相の公式訪米日程が20日までの両国の調整でほぼ固まった。小泉首相は6月29日、ホワイトハウスでブッシュ大統領と会談する。ブッシュ大統領は、「盟友」の小泉首相を「国賓並み」の待遇でもてなす意向だ。日米関係筋が明らかにした。
 小泉首相は28日、ワシントンに到着し、迎賓館ブレアハウスに宿泊。29日にブッシュ大統領と首脳会談を行った後、大統領夫妻主催の歓迎晩さん会に出席する。
 ホワイトハウス南庭での儀仗(ぎじょう)兵による歓迎式典のほか、緊密な日米関係を反映し、ホワイトハウスに隣接する政府庁舎に日米の巨大な国旗が掲げられる。 
(時事通信) - 5月21日7時0分更新



2006年6月29日。
小泉純一郎総理 最後の戦略。

旧い聖域と新しい聖域との衝突。


真実は現象の前に沈黙する。



 俺の精神よ、気をつけろ。過激な救いにくみするな、鍛錬を積む事だ。――ああ、科学は俺達の眼にはまだるっこい。
 ――だが、どうやら俺の心は眠っている様だ。
 俺の精神が、この瞬間から絶えずはっきりと目覚めていてくれるものとしたら、俺達はやがて真理に行き著くだろうに。真理は俺達を、泣いている天使等をつれて取り巻くであろう・・・・・・――若し俺の精神がこの瞬間まで目覚めていてくれたものなら、記憶にもないあの昔、俺は邪悪の本能に屈する事はなかっただろうに。・・・・・・――絶えずはっきり目覚めていてくれたなら、俺は叡智を満身に浴びて泳いだろうに。・・・・・・
 ああ、純潔よ、純潔よ。
 俺に純潔の夢を与えたものはこの目覚めの時だ。――精神を通して、人は『神』に至る。

 想えば身を裂かれる様な不幸。

――アルチュール・ランボオ『地獄の季節』<不可能>

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小泉首相の最後は首相公選制ではないか
Excerpt: 国会の延長に小泉首相は消極的だが、それは国会を延長した場合に審議される法案に小泉純一郎が興味ないからだと思う。ニュース・オブ・ザ・ジャパン:森田実の大予言 小泉は4月に辞任する。 - livedoor..
Weblog: おまーにゃの書斎
Tracked: 2006-06-10 01:16